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東京地方裁判所 昭和41年(ヨ)2223号 決定 1967年7月28日

債権者

佐々木満郎

右代理人

山根晃

債務者

株式会社問谷製作所

右代表者

問谷久夫

右代理人

酒巻弥三郎

主文

債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有することを仮に定める。

債務者は債権者に対し金一四一九三〇円及び昭和四一年三月以降、本案判決確定にいたるまで毎月二五日限り金二〇七五〇円を仮に支払え。

債権者のその余の仮処分申請はこれを却下する。

事   由

第一当事者双方の求める裁判

申請の趣旨――債権者が債務者の従業員たる地位にあることを仮に定める。債務者は債権者に対し金一四八五七〇円及び昭和四一年三月以降本案判決確定まで毎月二五日限り金二〇七五〇円を仮に支払え。申請費用は債務者の負担とする。

反対申立の趣旨――本件申請を棄却する。申請費用は債権者の負担とする。

第二当裁判所の判断

一労働契約の成立と解雇の意思表示

債権者が昭和三九年八月四日東京都目黒区及び神奈川県綱島に工場を有し、従業員約一二〇名を使用して自動車部品の製造等を営む債務者(以下、会社ともいう)に機械工として雇われ、会社の綱島工場(以下、工場という)第二工作課板金熔接係で機械工の労務に従事していたこと、会社が債権者に対し昭和四〇年七月三〇日解雇の意思表示をなし、同年八月一四日解雇予告手当三四〇三二円を提供したことは当事者間に争がない。

二解雇の効力

会社は債権者が会社の就業規則五九条に違反し、同三五条二号、四号、九号及び一一号に該当する所為をしたから、もともと懲戒解雇に付しうるところ、これを避けて通常解雇に止めたものであると主張するので、以下、右解雇事由を検討し、解雇の効力について、判断する。

(一)  会社の就業規則(疎明によれば昭和三八年二月施行されたことが一応認められる)三五条が、「従業員が次の各号の一に該当するときは懲戒解雇する。但し情状により諭旨解雇、出勤停止又は格下げに止むる事がある。(2)他人に対し暴力脅迫を加え其業務を妨げたとき、(4)正当な理由なく業務命令を拒んだとき、(9)社内に於て政治活動を行なつたとき、(11)其他前各号に準ずる行為のあつたとき」と定め、同五九条が「従業員は社内で政治を目的とした活動をしてはならない。」と定めていることは当事者間に争がない。

債権者は右就業規則五九条、三五条九号の規定をもつて憲法一四条、一九条、二一条、労働基準法三条に違反するものであると主張するので、この点につき考えてみる。

国民が政治的言論を含む政治活動の自由を国家に対する関係で享有することは憲法(二一条)の保障するところであつて、その保障が国民相互の関係においても、民法九〇条にいう公の秩序として妥当することは勿論であるが、他面、国民の生活活動は私的自治を原則を基調として展開されるものである以上、国民相互の関係においては、その自由意思により政治活動の自由に制限を加えることも、社会通念上これを肯認するに足りる合理的理由が存する限り、必ずしも公序に反するとはいえないものと解するのが相当である。

ところで、使用者が就業規則によつて労働者の企業施設内における政治活動を禁止する理由は労働者のさような政治活動が会社の管理する企業施設の利用によつて行なわれるときは、その管理を妨げるおそれがあり、就業時間中に行なわれるときは、その労働者のみならず他の労働者の労働義務の履行を妨げ、また就業時間外であつても休憩時間中に行なわれるときは、労働基準法三四条三項により保障された他の労働者の休憩時間の自由な利用を妨げ、ひいては作業能率を低下させるおそれがあることにあるものと思われるから、企業運営上の必要に基くものであつて、社会通念に照しても合理性を欠くものとはいえない。もつとも、ここにいう政治活動は、労働者が就業時間外に行なう正当な組合活動ないし使用者に対する不満の表明等まで含むものと解するのは、明らかに妥当を欠くから、さような行動が、たとえ特定の政治的立場を打出して行なわれるため政治的色彩を帯びたにしても、これをもつて直ちに右にいう政治活動と目することは避けなければならない。

そして会社の就業規則中、社内における政治活動を禁止した前記規定は、その内容をみても、以上の趣旨を出ないから、公序に反しないものと解されるとともに、政治活動禁止の態様を労働者の政治的思想、信条によつて異別にするものとは解されないから、これをもつて憲法一四条、一九条、基働基準法三条に違反し、公序に反するものということもできない。

(二) 次に債務者が解雇事由として主張する債権者の所為に関し、当事者間に争のない事実及び疎明によつて一応認められる事実の概要は次のとおりである(なお、そのほかには債務者主張の解雇事由の存在を認めるに足りる疎明はない。)

1 債権者は

(1) 昭和四〇年五月下旬頃(以下、同年中の事実を示すときは年次を略する)昼の休憩時間中、工場の食堂において従業員十数名に対しベトナム戦争反対の趣旨をうたつて文書に署名を依頼し、

(2) 六月頃昼の休憩時間中、工場内において上司である第二工作課板金熔接係主任稲村栄一に対し、会社の寮で従業員相手にベトナム戦争に反対する趣旨の話をしたいと申入れたが、同人から立場上困るとして所属課長の許可を受くべく勧告されたので、何故悪いかと反問して、暫く同人に議論し、

(3) 同月頃工場内において右稲村から社内における政治活動を慎むよう注意されたが、かえつて、その後従業員に向い稲村は封建的であると非難し、

(4) 同月五日頃工場の更衣室において従業員管原政二郎に対し、「工場第二工作課長木庭喬は表面では従業員のために尽力するようなことを言うが、実はそうではなく、二重人格者である。」と告げ

(5) 同月上旬頃の午前、工場においてバツクプレートの穴あけ作業中、その傍で従業員金子正紘が、その職責上、債権者の作業結果を計器を用いて検査していたところ、同人に対し数分間にわたり、「われわれ労働者はわれわれの為になる政治を支持しなければならない。政治のことを勉強しなさい。」と説き

(6) 同月上旬頃数回、工場においてバツクプレート穴あけの残業中、隣合つて同様の作業をしていた前記管原政二郎に対し数分間にわたり、自民党政府を非難するとともに、労働者の味方である共産党をよく理解すべきである旨を説き、

(7) 同月一〇日頃工場内において休憩時間中の午後〇時四〇分頃から従業員森田宏に対し、労働者の味方は共産党であり、自民党政府は資本家の味方である旨を説いたうえ、午後〇時五〇分作業開始のベルが鳴つて同人が作業位置に赴くのを追いかけながら、施行を控えた参議院議員選挙では共産党の候補者野坂参三に投票すべきことを依頼し、

(8) 同月一三日頃作業時間中工場内において、ガス熔接作業をしていた右森田の側を通りすがりに同人に対し重ねて野坂参三への投票を依頼し、

(9) 同月二〇日午後、工場内においてバツクプレート穴あけの作業中、その傍で前記のように作業結果を検査していた金子正紘に対し日韓会談反対のデモに参加すべく勧誘し、

(10) 同月二二日頃の朝作業時間前、工場の更衣室において右金子に対し民主青年日報及び共産党主義を支持する内容の書物一冊を交付し、

(11) 同日頃工場において業残中、多軸ボール盤の冶具調整作業をしていた前記管原政二郎に対し約一〇分間にわたり前記参議院議員選挙では労働者の味方である共産党の野坂参三に投票すべき旨の依頼をし、

(12) 同月二四日頃の午前工場内においてバツクプレート穴あけ作業中、その傍で前記のように作業結果を検査していた金子正紘に対し数分間にわたり右選挙では労働者の味方である共産党の野坂参三に投票するべき旨の依頼をし、

(13) 同月二六日頃昼の休憩時間中、工場内において右金子が前記民主青年日報等を返還したところ、同人に対し、その読後感をたずねたうえ、同種の書物を更に貸与すべく申入れ、

(14) 同月下旬頃工場において木庭第二工作課長に対し前記参議院議員選挙では野坂参三に投票すべきことを依頼し、

(15) 七月五日工場内において同課長から呼出を受けて社内における政治活動を慎むよう説得されたが、これに対し、「現政府は労働者を苦しめる資本家の味方であるから、われわれ労働者は一緒になつてこれを倒し共産主義の政治が行なわれるようにしなければならない。」と述べて反発し、

(16) 同月一〇日頃会社から社内における政治活動を理由に退職を勧告されたので、同日工場において前記稲村栄一に対し、また同月一一日午前工場において作業中、製品検査をしていた前記金子正紘に対し債権者の行動を会社に報告したのでないかと詰問した。

2 会社は五月二五日、製品を約束の納期どおり注文主に納入するため債権者の残業を必要としたので、労働者の過半数を代表する前記稲村栄一との間において四月一日締結した延長一時間の時間外労働に関するいわゆる残業協定に基き、債権者に残業を命じたが、債権者はこれを拒否した。

3 会社は六月上旬増産のため第二工作課機械班を二組に分けて、その作業時間を第一組が午前七時三〇分から午後六時まで、第二組が午前一一から午後九時までと定めたが、債権者は第一組については住所が遠いことを理由に、第二組については、その他の個人的事情を理由にいずれも希望せず、会社を困惑させた挙句、初めの二週間は第二組に編入し、その後は第一組に組みかえることで会社と折合つた。

(三) 以上の事実に基いて考察を進める。

1(1) 債権者の右(二)1(1)の所為について

債権が者昼休時間中に行なつたベトナム戦争反対の署名運動はそれ自体政治活動というべきであり、就業規則五九条に違反し、三五条九号に該当するけれども、債権者が会社の従業員に署名を依頼するにあたり、これを強要する等相手方の休憩時間の自由な利用を妨げる結果が生じたことを認むべき疎明はない。また右署名の依頼はその態様及び相手方の数に徴しても、これにより会社の施設管理権を著しく侵害したものとはいえない。

(2) 同(2)の所為について

債権者が稲村主任になした申入は会社の寮における政治活動につき了解を求めたにすぎないから、政治活動の準備ともいうべきものであつていまだ、政治活動を行なつたものとはいえない。また債権者が右主任において難色を示したのに対し反論したことも結局、右了解を取付けようとする努力にしかすぎず、とうてい政治活動を行なつたものとはいえない。なお、稲村主任は債権者に対し所属課長の許可を受くべく勧告したが、それは、いまだ業務命令を発したものとはいえないから、債権者に業務命令違反の責はない。

(3) 同(3)及び(4)の各所為について

債権者が従業員に対し稲村主任を非難した右(3)の所為は同主任が職制として社内における政治活動に反対の態度を示したことを非難する趣旨でなされ、また木庭課長について悪口をいつた右(4)の所為も同課長の職制としての態度を非難する趣旨でなされたものと解され、いずれも、措辞穏当を欠くけれども、それだけでは、いまだ就業規則の前記規定に該当するとはいえない。ただ債権者が稲村主任から社内における政治活動を慎むよう注意されながら、その後においてもなお後記のように政治活動を継続したことは就業規則三五条四号に該当する。

(4) 同(5)、(6)、(8)、(9)、(11)及び(12)の所為について

債権者が他の従業員に対して互に作業中に行なつた特定政党の支持説得、参議院議員選挙における特定候補者への投票依頼または政治デモへの参加が勧誘にわたつた右各所為はいずれも政治活動に属するものというべきであつて、正に就業規則五九条に違反し三五条九号に該当する。しかし、右口頭による政治活動が相手方の作業に対し著しい危険を招来させたことは勿論、債権者及び相手方において作業の手を休めて行なわれたことを認むべき疎明はなく、むしろ前記認定の事実からすれば、債権者は自らも格別、作業を中断することなく、また相手方には作業を継続させながら、短時間に限つて声をかけたに止まるものと推認されるから、他に特別の事情がない限り、債権者の右所為によつて作業能率が低下する実害が生じたものとは考えられない。

(5) 同(7)、(10)及び(13)の所為について

債権者が他の従業員に対し特定政党の支持を説得し、特定の参議院議員候補者への投票を依頼した右(7)の所為は政治活動というべきであり、他の従業員に共産主義を支持する内容の書物等を交付しもしくは交付を申入れた(10)及び(13)の各所為は、これに先だち同一人に向つて特定政党の支持を説得した事実(同(5)の所為)と併せ考えると、これもまた政治活動というべきであつて、それぞれ就業規則の右規定に触れるが、いずれも作業時間外に行なわれたものであつて、これにより相手方の休憩時間の自由な利用を妨げ、また会社の施設管理権を侵害したことを認めるに足りる疎明はない。

(6) 同(14)の所為について

債権者が特定の参議院議員候補者への投票を依頼した右所為は政治活動というべきであつて、就業規則の右規定に触れるが、その相手方が職制たる木庭課長であつてみれば、いずれにしても、これにより作業能率の低下等、特段の弊害があつたものとは認め難い。

(7) 同(15)の所為について

債権者が木庭課長から社内における政治活動の中止を説得されたのに対し政治の在り方につき見解を述べて反駁した右所為は労働者の利益のため社内においても政治活動が放任さるべき旨を主張したものと認めるのが相当であつて、それ自体では、いまだ政治を目的とする活動を行なつたものとは目し難い。と同時に労働者が職制上の管理者に対し、かような意見を表明する自由を制約すべきいわれはないから、右所為は就業規則の右規定に牴触しない。そしてまた、債権者がその後社内において政治活動をした事実を認むべき疎明はないから、木庭課長の右説得をもつて使用者の業務命令と解しても、債権者には右業務命令拒否の所為があつたとはいえない。

(8) 同(16)の所為について

債権者が、その行動を会社に報告されたとして稲村主任ほか一名を詰問した右所為が同主任らに対する脅迫にわたり、その業務を妨げるにいたつたことを認めるに足りる疎明はないから、右所為は就業規則三五条二号に該当しない。

(9) 同2の所為について

債権者が残業命令を拒否した右所為を就業規則三五条四号違反に問擬するには労働者が労働慣行に反し故なく残業を拒否した等特別の事情が介在することを要する。しかるに、債権者の右残業拒否につき、さような事情の存在を認めるに足りる疎明はない。

(10) 同3の所為について

債権者が会社の作業時間組み替えにつき、たやすく応じなかつた右所為は少くとも会社に対し協力的であつたとはいえないけれども、結局、会社と折合つて作業時間の組み替えに応じたのであるから、債権者に業務命令違反があつたとはいえない。

2  そして、右説示のように就業規則五九条、三五条九号に触れる債権者の政治活動を通観すると、債権者は参議院議員選挙の投票日(七月四日)をひかえた五月下旬から六月下旬にかけ、同僚等に対してベトナム戦争反対の署名運動及び日韓会談反対のデモへの参加勧誘をしたほか、日本共産党の政策等を宣伝し、また同党候補者野坂参三への投票を依頼したに尽き(その前後に政治活動をした事実を認むべき疎明はない。)。したがつて右選挙を迎えて政治意識昂揚を抑えかねたものと推認されるが、右署名運動については会社従業員約一二〇名中、十数名に対し一回、その他の活動については四名に対し一回ないし五回あて(計一〇回)口頭または文書によつて、いずれも単独に大げさな形でなく行なつたにすぎないのみでなく、これによつて従業員の休憩時間の自由利用を害し、作業効率を低下させ、また会社の施設管理を妨げる結果を来たす等、著しい実害があつたものではないから、会社職制の注意にかかわらず行なつたものである点を考慮しても、なおこれに対する懲戒処分として解雇をもつて臨むのは余りにも酷に過ぎるものといわなければならない。

さすれば、他に解雇事由が存したというのでない以上、債権者に対する解雇の意思表示は会社の恣意による解雇権の濫用にあたるものというほかなく、したがつて、その効力を生じるに由がなく、債権者はなお、会社に対し、労働契約上の権利を有するものというべきである。

三賃 金

債権者が会社から毎月二〇日〆切二五日払の約(日給月給制)で、日給八三〇円の支給を受けていたことは当事者間に争がない。

そして、疎明によれば、会社は債権者の昭和四〇年七月分の賃金のうち同月二一日から解雇の日たる同月三〇日までの賃金六六四〇円(稼働八日)を同年八月一五日債権者に対し解雇予告手当とともに送付弁済したことが一応認められる。

ところが、疎明及び当事者審尋の全趣旨によれば、会社は債権者がその解雇後、労務を提出しても、これを受領しないこと、会社がこれを受領したとすれば、債権者の昭和四〇年七月三一日から本件申請に直近する賃金の〆切日たる昭和四一年二月二〇日までの労働日数は一七一日であつて、これに対応する賃金は一四一九三〇円であり、また同年三月以降毎月二五日の支払日に支払を受け得る賃金は月二五日労働に対応して月額二〇七五〇円であることが一応認められる。

四保全の必要性

疎明によれば、債権者は会社から賃金の支払を受けないことにより窮迫の状態にあることが一応認められる。

五結 論

よつて、本件仮処分申請は被保全権利として債権者の会社に対する労働契約上の権利、就中、昭和四〇年七月三一日以降の賃金債権の存在およびこれに対する保全の必要の存在はつき疎明があつたから、右権利につき保証を立てさせないで相当の処分をするのを相当と認め、債権者の会社に対する同年七月二一日から三〇日までの賃金債権の存在については疎明がないことに帰し、保証を立てさせて仮処分を命じるのも相当ではないから、その保全を求める申請部分を却下することとし、主文のとおり決定する。(駒田駿太郎 沖野 威 宮本 増)

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